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歴史上ヨーロッパ人は、「新大陸」などを「発見」してきました。しかし、そこにはすでに人間が住んでおり、本当の意味での新大陸の発見とは言えません。

大航海時代も終わり、もう発見できる新天地は無いだろうと思われている頃、南方に大陸があるとの伝説が出てきました。

現在の南極大陸のことです。イギリスは、「南方大陸」の探索のため、海洋調査船を出すこととし、この探険隊の指揮官に海軍士官を任命しました。

彼の名はジェームズ・クックで、キャプテン・クックとして有名です。新大陸の発見はできませんでしたが、探険調査は後の航海者の助けとなりました。

クックは、AD1728年に生まれ、AD1779年に亡くなりました。日本では、江戸時代後期で、外国船が大挙してやって来る少し前の時期です。

探険は、AD1768~1780年の間、3度行なわれます。2度目の冒険で南極大陸にかなりのところまで近づきました。

第一回目の航海は、AD1768年6月25日、イギリスのプリマス出航で始まりました。船は、マデイラ諸島→ブラジルのリオデジャネイロと寄港し、南へ向かいます。

この航海の表向きの目的は、金星の日面通過の観測でした。この天文現象は、243年周期の非常に稀なものです。

南米大陸最南端のホーン岬を回り、タヒチに到着したのは、AD1769年4月13日でした。ここで、探険隊は観測所と居館を造り、観測に備えます。

6月3日、金星の日面通過が起こります。観測結果によって、他の惑星の太陽からの距離が計算できるのですが、機器の解像度不足から、観測は期待外れのものでした。

この航海には、秘密の指令があり、それは「南方大陸」の探索です。他のヨーロッパ諸国に知られたくない、イギリス王立協会の策略です。

10月6日にニュージーランドに到達、AD1770年4月20日に、ヨーロッパ人として始めて、オーストラリアに到達しました。探険隊は、AD1771年6月11日帰国します。

この航海では「南方大陸」の片鱗も感じることはできませんでしたが、ビタミンC不足による壊血病で、一人の船員も失わなかったことは、当時の航海者としては快挙です。

第二回目の航海は、第一回目の航海の帰国の翌年すぐに始められました。今度の目的は、はっきりと「南方大陸」の探索です。

第一回目の航海で、ニュージーランドが「南方大陸」とはつながっておらず、オーストラリアも別の独立した大陸であることが確認されていました。

更に探索を続け、AD1771年1月17日、ヨーロッパ人で初めて南極圏に入りました。そして、南緯71度10分に達し、南極大陸がもう目と鼻の先という所まで行ったのです。

しかし、その南方に人間が住んでいるとは考えられず、「南方大陸」の探索を打ち切ります。この航海では、サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島を発見しました。

第三回目の航海は、第二回目の航海から帰還したAD1775年の翌年すぐに始められました。クック最後の航海になる冒険の目的は、北極海航路の探索です。

東回りのアジア航路を進み、オーストラリアの南を過ぎ、ニュージーランドを通過した後、北に転じ、タヒチを通過します。

そして、AD1776年、ヨーロッパ人として初めて、ハワイ諸島に到達し、カナダのバンクーバー島に上陸後、海岸沿いを北上し、北極海への乗り入れを達成します。

AD1779年、ハワイ諸島に戻ったクックは、島民との争いにより、刺殺されてしまいました。数々の功績を挙げたクックでしたが、何ともあっけない最期です。

探険隊は、AD1780年8月、帰還します。クックの探険調査の結果は、その後の科学発展に多大な貢献をしました。

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